皆さん、こんにちは!

『東岡崎 居酒屋明月』の藤原です!

 

 

今日はこんなお話から。

 

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ジョン・マックマスターは高校時代、

バスケットボールのヒーローでした。

高校三年間をとおしてリーグの代表選手であり、

全米代表選手にも選ばれました。

最終シーズンには、リーグの最優秀選手に選ばれました。

ジョンのおかあさんは、必ず息子の試合を見に来ました。

たとえどんなに遠い所でも、どんなに天気が悪くても、必ずやってきたのです。

いつも野外席でジョンを応援していました。

ジョンのおかあさんは、全盲だったのです。

なぜ、おかあさんは試合を見に来たのでしょうか。

おかあさんには、ジョンの姿は見えませんでした。

けれども、ジョンにはおかあさんの姿が見えたのです。

ジョンは、どれほどおかあさんの姿に励まされたことでしょう。

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出典

[明日、きっといいことがある]

ダン クラーク 著

講談社より

 

 

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何だかこの話を読んでたらグッときちゃいました。

 

『姿』という字には「女」という文字が入っています。

 

姿という文字を見ているだけで、感慨に耽ってしまいます。

 

僕の両親は僕が7歳の時に離婚して、我々兄弟は親父に育てられました。

 

親父が特に母を悪く言うことはありませんでしたが、僕の心の中では捨てられた思いでした。

 

見捨てられた子。

愛のない子。

本当は存在しないはずの子。

 

思春期の頃はそんな想いに悩まされ、恋愛をしてもどこ何抜け落ちたものをわざわざ探すような感じでいました。

 

18歳の頃、姉から母に合わないかと打診されました。

 

僕は答えませんでした。

その代わり、母へ手紙を書きました。怒りの手紙です。

自分を捨てたことや怒りを思うままにぶつけた手紙。

その恨み節は母の出身地についてまでに及んでいました。

 

後日返事が来ました。

母からの謝罪の手紙でした。

穴が開くほど読み返し、愛おしく抱きしめたい気持ちとは裏腹に、結局破って捨てました。

 

20歳の時、自分から母に連絡を取りました。

僕が母に会おうと思ったのは、情けないことに抱えてしまった金銭トラブルを押し付けるためでした。

 

母には目に涙を湛えながら、助けてあげたいけど今はお金がないのだと誤り通されました。

 

僕は母をさらに幻滅し、ふてくされて、母が見栄を張ったであろう寿司屋のカウンターで一緒に食事をしました。

 

母は僕が18の時に送った例の手紙を出し、さらに謝罪しました。

そしてこれまでのことについて話し始めました。

でもその話は母のことというより、僕のことばかりでした。

驚いたことに、母はこれまでの僕のことを驚くほど詳細に知っていました。

 

母の実家は高知県です。

でも離婚後母は呼び寄せる身内の声には耳を貸さず、いつでも子どもたちに会いに行ける愛知県に留まることに決めたそうです。

そればかりか、遠くから子供たちの様子を見ていたとのことでした。

もちろん、僕がアルバイトをしたお店のことも、働きぶりも遠くから見ていたと話しだしました。

 

 

僕はトラブルを母に押し付けようとした自分が恥ずかしくなりました。

意味もなく恨み、自分だけを必死に慰めていました。

でもおかしなことに、その怒りとは裏腹に、僕は遠くから僕を見守る母親をいつもずっと夢想してきていました。

 

事実、母は僕を見守っていてくれたのでした。

 

「姿」という文字を見るにつけ、僕は母の姿を想います。

もしかしたら、僕は母の、僕を見守る視線を感じていたのかもしれない。

 

本当は捨てられてもいないし、愛がないわけでも、存在してはいけなかったわけでもない。

 

 

今も一年に一回だけ、母親に会いに行く。

いまだにどう接してよいのやら、かなり他人行儀ではあるが、娘も連れて会いに行く。

なぜか毎回寿司屋に行って僕がご馳走する。

回転寿司だけど。(笑)

 

「姿」という字には女という文字が入っている。

母親のような心で、あらゆる姿をとらえなくては、また自分自身の姿にもそのような心を持たなくてはと、ここのところ自分自身に言い聞かせている。

 

 

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ってなわけで、本日もギンギンに張り切っているわけですよ!

(o^-’)b

イェイ!

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