皆さん、こんにちは!

 『東岡崎 明月』の藤原です!

 ちょうどひと月ほど前、幼馴染から電話をもらった。

 おかんが病院に運ばれた。

 次の日の電話は、命の危険があること。

 48時間以内に回復しなければ危ない。

 その後奇跡的な回復を幾度となく経て、でも、結局4日の日に亡くなられた。

 70歳。今の世じゃ、若いよ。

 運ばれる前日まで普通に元気に働いていた。

 定年間近なのにもかかわらず、パートから社員登用されるくらい活躍した働き者のお母さん。

 生きてるうちは稼がないと、が口癖だった。

 家族葬ということで、でも通夜だけは顔を見に来てほしいということで、昨日の営業終了後の深夜尋ねた。

 居眠りでもしてるのかってくらいの安らかな顔。

 幼馴染と二人でその顔眺めながら明け方近くまで話し込んだ。

 うちのおかんは修司のこと、すごく認めてたよ。

 

 それから何年か前に彼の母親の職場近くでばったり出くわした時の話になった。

 走り去ろうとする彼の母に僕のほうから声をかけた。

 「お母さん、お久しぶりです。藤原です。分かりますか?」

 それから数分間立ち話をした。南緯を話したかは忘れてしまったが、おそらく近況報告。

 彼の話では、彼の母親は僕のことを悪ガキだと思っていたらしい。

 確かに夜となく昼となく、たまり場だった彼の家で僕はバカ騒ぎしていた。

 そしてバンドをやっていたもう一人の友達と、役者を目指す僕と一緒に彼も家を出て上京した。

 親の目からはとんでもない糞ガキに見てたことだろう。うちの子をたぶらかして!

 久しぶりに対面したその日の夜、お母さんは彼に言ったそうだ。

 「修司君、すごく頑張ってる顔してた。昔のことは関係ない。あなたが修司君と友達でいることがわかったわ。」

 彼の家はスーパーを何軒か経営していて、一時は羽振りが良かった。

 不景気の折、倒産し、借金だらけになった。

 でもお父さんとお母さん、そして彼の三人で十何年かかけて借金を完済し、去年は中古ながら再び家を持った。

 引っ越し祝いに行くと言っていた僕に、お母さんは言っていたそうだ。

「修司君が来たら近所にご迷惑になるじゃない!」

 でもすごく楽しみにしていたようだ。

 結局かなわなかったことが悔やまれる。

 家を買ったあとで金がなくってさ、葬儀代どうしようかって悩んでたんだ。

 彼は少し涙目になっていた。

 おかん、18くらいの時から俺に生活費払えってうるさかったんだ。

 2万が3万になり、まだ足りないって4万になり…

 でもそのお金、綺麗に残してあった。

 一番上の姉貴がその通帳の暗証番号知ってたんだけどさ、俺の誕生日なんだよ…。参っちゃうよなぁ・・・。

 目を赤く腫らしている彼に僕は言った。

 「人は生きていたように死ぬっていうよ。お母さん、最後まで頑張り屋だったね。」

 それからしばらくお母さんの顔を眺め。途切れた言葉尻を追い、でも結局僕はもう一度手を合わせ、お別れをした。

 帰り際に彼が言った。

 「またみんなで集まってさ。おかんの為に献杯したいんだ。修司付き合ってくれる?」

 「酒飲むってことなら任せろよ。」

 「修司の店で。その方がお前の身にもなるし。」

 「駄目だよ。それじゃ僕が飲めなくなる。」

 「俺だって酒飲めねえし。」

 「飲めないやつが献杯っていうか?」

 お互い泣き笑いになり、どうしたものかと半端に手を振りあった。

 車に乗り込むと、いつまでも見送る幼馴染の姿が見えた。

 人はいつか死ぬんだな。あたりまえだけど、改めて思った。

 お母さん、彼を産み、育んでくれて、ありがとうございます。

 お疲れ様です。ゆっくりと休んでください。

 (o^-‘)b

 心を込めて、イェイ!

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