皆さん、こんにちは!
 『東岡崎 明月』の藤原です!
゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
「手紙ー親愛なる子どもたちへ」
年老いた私がある日
今までの私と違ったとして
どうか そのままの私のことを理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても
靴ひもを結び忘れてもあなたにいろんな事を教えたように見守って欲しい
あなたと話す時
同じ話を何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなづいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ
絵本のあたたかな結末はいつも同じでも
私の心を平和にしてくれた悲しいことではないんだ
消え去ってゆくように見える私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい
楽しいひと時に
私が思わず下着を濡らしてしまったりお風呂に入るのを嫌がるときには
思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり
様々な理由をつけて嫌がるあなたとお風呂に入った
懐かしい日々のことを
悲しいことではないんだ
旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれ歯も弱り
飲み込むことさえも出来なくなるかもしれない
足も衰えて立ち上がることさえ出来なくなったら
あなたが、か弱い足で立ち上がろうと
私に助けを求めたように
よろめく私にどうかあなたの手を握らせて欲しい
私の姿を見て悲しんだり
自分が無力だと思わないで欲しい
きっと それだけで
それだけで
私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに
私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに
少しだけ 付き添って欲しい
あなたが生まれたことで
私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私の子どもたちへ
愛する子どもたちへ
゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
 先日の日曜日、親父の一周忌を追えて改めてこの詩を読んでいます。
 やはり泣いてしまいました。
 去年のちょうど今時分。
 呑みこむ動作も困難になり、食欲も急激に落ちてきた親父にと、親父の故郷の長野の生坂村に出かけ、親父が子供の頃遊んだかわらの石と、その土地の水と牛乳を買ってきました。
 すぐに病室へ出向き、河原の石を握らせると無邪気に親父が笑う。
 牛乳が飲みたいと言い、看護師さんに瓶を渡すと、彼女は息子さんやってみますかと僕に向かって言った。
 たぶんこれが初めて親父の口に僕が運んだスプーンだ。
 とろみをつけた牛乳をスプーンで掬って親父の口に運ぶ。
 せっかちな僕は次々に運んでしまう。
 早いよ。
 親父は困ったとも嬉しいともとれる、ゆがんだ笑顔で答える。
 時々どうしようもなく会いたくなる。
 声を聞きたくなる。
 思っちゃいけないけど、あの頃に戻りたいと思ってしまう。
 昨日ご来店してくださった母子。
 何だか素敵な感じでした。
 カウンターに並ぶ距離感や会話。
 お母さんは娘に言っていました。
 私の枠を超えて欲しい、と。
 これってすごいと思う。
 普通は親が嫌がることですよ。自分の範疇を超えられるのは怖い(心配)から。
 でもそれでは大きくはなれない。
 よく居ますよね。
 自分の枠に収めて育てたくせに、どうしてあなたは何も出来ないの。
 亡くなる前、親父は周りの人に僕の行く末を頼んでいたそうです。
 僕もまだまだ越えられてないみたいです。
 男子、両手両足突っ張って、意気揚々央道を行かねば!
 ゆかちゃん、ありがとう。
 貴方たち親子には、毎回すごく素敵なものを頂いています。
 三回忌の時には、どうだ親父!って幹事の報告をする予定です!
 ちょっと長くなってしまいましたが、
 ってなわけで、本日も張り切って、張り切って参りましょー!
(o^-‘)b
イェイ!

[`yahoo` not found]
Facebook にシェア