皆さん、こんにちは!
 『東岡崎 明月』の藤原です!
 昨日は6月6日でした。
 毎年この日に考えることがあります。
 生者の時間。死者の時間。
 これも毎年のこと。
 何度も躊躇し、でも結局は幼馴染の家に電話を掛ける。
 彼は電話口に出ない。
 代わりに彼の母親が出て、これも例年通り、会話をする。
 今日が命日ですね。
 お母さんお身体どうですか?
 おばあちゃんはお元気ですか?
 いかがお過ごしですか?
 毎年横浜で行われる追悼ライブの話を聞き、
 そして今度は僕が彼の母親の質問に答える。
 去年の夏、親父が亡くなったこと。
 他の幼馴染の近況や僕の娘の成長具合。
 少しだけ苦しそうに、でも努めて明るく、彼の母が言う。
 「みんな一歩一歩進んでるんだね」
 僕は少しだけ、生きていることの罪悪感みたいな息苦しさを感じる。
 高校入学とほぼ同時にモテたいが為、幼馴染と周囲のご多分に漏れずバンドを結成した。
 はじめからプロ志向の彼と遊びの延長から抜け出せない僕とは、喧嘩ばかり。
 離れてはくっつき、離れてはくっつき、その度にバンド名は変わる。
 お互い東京でのモジモジ時期を経て、結局僕は岡崎へ。
 「修ちゃんは俺の欲しいものを全部持ってる。世の中で一番鬱陶しい存在だ。」
 分かった。別に未練もないし、辞めるよ。
 僕にとって音楽は遊びだ。
 彼はこの言葉が一番嫌いだった。
 意図的に会わない時間があり、8年ぶりに再会。
 プロデビューをし、凱旋ライブに帰岡した際に先頭に立って彼を祝福した。
 それからまた以前のように頻繁に連絡を取り合った。
 しばらくして、彼はうつ病の診断を受けたと聞いた。
 引きこもりがちになり、周囲との関係も遮断しがちになった。
 情緒不安定になる夜明け前に決まって電話が来る。
 「誰とも話したくないけど、修ちゃんとなら話せそうだ」
 特に意味の無いおしゃべりを2時間近くすることもあった。
 薬のせいか、途中寝落ちしてしまうこともあった。
 真夜中に電話が鳴り、興奮気味に彼は捲くし立てた。
 「修ちゃん何かやろう!僕たちの才能があれば、今のくだらない業界なんて吹き飛ばせる!」
 僕も少しばかり酔っていた。あまり記憶はしていないが、きっと言ったんだと思う。
 音楽は遊びだ。
 次の日に、僕を痛烈に批判するメールが届く。
 「お前に才能があるなんて一度も思ったことが無い。いいきになるな。二度と連絡してくるな。二度と会うつもりも無い。」
 僕はすぐに返信する。
 「何でも良いよ。僕にとってお前が友達であることは代わらない。いつまでも待つ。好きなだけ黙ってろ。」
 一月後、彼は自分の住むマンションから飛び降りた。高所恐怖症の癖に。
 まだ二人ともが岡崎にいた頃、彼の家で楽器を弾きながら遊んでいると、きまって彼の母親が顔を出す。
 「みんな有名になると良いね」
 僕は答える。
 「お母さん、目が嘘ついてるよ。自分の息子だけ有名になれば良いって思ってる」
 「ばれちゃった?」
 弾むようなお母さんの声も、電話口では年々疲れてきている。
 沈黙ばかりの電話のあと、僕は決まって心の中で叫ぶ。
 お前のために電話をしてるんじゃないぞ。
 残された人の為。息子のことは忘れてないぞって、お母さんに伝えるためだ。
 もうどれくらいこんな電話をしてるだろう。
 6月6日って、ドラえもんの絵描き歌ではUFOが落ちた日じゃないか。
 お前が落ちちゃったじゃん。
 死後の世界なんて信じてないけど、
 親父の死や、お前の死や、お世話になった色々な人の死に際するにあたって、最近じゃ思うよ。
 あっちの世でみんな笑ってると良いな。
 楽しくみんなで旨い酒飲んで、ねーちゃんは綺麗で・・・。
 それが死者の世界。
 そして生者の世界では、僕が創るんだよ。
 みんなでワイワイやれる居酒屋を。
 じゃあな。
 毎年言ってるけど、こっちの世界は楽しいよ。
(o^-‘)b
イェイ!

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