皆さん、こんにちは!

 『東岡崎 明月』の藤原です!

 先日、月刊誌『致知』の1月号の記事を読んでいて、すごく頷きました。

 というより、目の前が開けました。

 東京大学先端科学技術研究センター教授、福島 智さんのインタビューです。

 福島さんは3歳で右目を、9歳で左目を失明。

 さらには18歳で聴力を失い、全盲聾になりました。

 紆余曲折有り、盲聾者としては初めて大学に進学し、さらに世界で初めて盲聾者として常勤教授にもなった人です。

 18歳時に全盲聾になった際は、苦渋の日々について、このことには意義があり神が与えたもうたものであると信じたそうです。

 しかし日々重ねていくうちに苦難は肥やしと考えるようになったそうです。

 肥溜めは臭いし皆が避けちゃうけど、作物を育てた。

 一見無駄なものや嫌われているものが、すごく大切なものに繋がる。これは自然界の法則なのだと。

 そして福島さんは言います。

 障害を持ったことや病気をしたこと自体に意味があるのではなく、それをどう捉えるかということ。

 身体的な機能不全を経験することも、それ自体に大きな意味があるのではなく、それを通してその人が自分自身や他者、あるいは社会、あるいは生きると云うことをどのように見るかが問われていると思います。

 人生とはとにかく現実に、具体的に何をするかが勝負だと思います。今日何をして、明日何をして、明後日何をするかが一番重要で、そのやるべきことをきちんとすること。その日々の実践の中にこそ、本当の修行はあると思います。

 福島さんの記事は、自分の中ですごく腑に落ちました。

 起きていることに取り立て大きな意味など無い。

 起きたことに対して、どう生きるかが重要なのだ。

 僕は弱い人間なので、どうしても起きたことに意味を見出そうとしてしまう。

 でも本当はそれでは自立できてはいないんですよね。

 良きにつけ、悪しきにつけ、何かのせいにしているんですから。

 起きたことに対して、どう生きるか。

 そこにその人の真価があるんですよね。

 ってなわけで、本日も現実に、具体的に生きるわけですよ!

 そしていつものように張り切って営業です!

(o^-‘)b

イェイ!

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