皆さん、こんにちは!

 『東岡崎 明月』の藤原です!

 さて、今日は月刊誌『至知』、2008年8月号。

 世界の王はこうしてつくられた。

荒川博さんと王貞治さんの対談より。

━─━─━─━─━─

【王氏:思えば僕が中学二年の時、草野球の試合に出ていたのを
    目に留めていただいたのが、荒川さんとの初めての出会いでしたね】

そう、忘れもしないね。

昭和二十九年十一月二十三日の、午後二時頃だ。

当時二十四歳だった私は毎日オリオンズ
(現・千葉ロッテマリーンズ)の選手だったけれど、

その頃のプロ野球には秋季練習なんてなかったから、
暇を持て余して近所の隅田公園へ出掛けていった。

そしたらそこに凄いピッチャーがいたんだ。

ところがその子は左で投げているにもかかわらず、

打つ時になると、なぜか右で打つんだよ。

で、初めは黙って見てたんだよね。

一打席目三塁ゴロ、二打席目ショートフライ。

それで三回目の打席に立った時にね。

「ちょっと待って、坊や。君は何で右で打ってるの?
本当は左利きなんだろう?
次の打席は左で打ってごらん」
と声を掛けたら、

「はい」

って素直に言ったんだよ。

これがすべてのきっかけだな。

普通、それまで左で打ったこともない子が、

試合中にいきなりそんなことを言われたら、

「できない」

って言うのが当たり前だよ。

ところが次の打席で左ボックスに入ったその坊やは、
いきなり二塁打をかっ飛ばした。

右中間真っ二つ、ビックリするくらいのいい当たり。

私はその時に、あ、この子を、
母校の早稲田実業に入れようと思った。

そうすれば絶対に甲子園で全国制覇ができるって。

それで試合が終わるまで待って、早実に入るよう勧めたんだ。

私はともかくも早実へすっ飛んでいって

こういう選手を見つけたから、二年後には
何が何でも入れてくれと頼み込んだ。

ところが翌週に少年の家に行くと、
お父さんからけんもほろろに断られてしまった。

「うちの子には野球なんかやらせない。
 両国高校へやって東大に行かせるんだ」
 

って。いや、これは頭がいいんだなと思ったね。

でも私はそこで諦めなかった。

人生には「もし」ということがある。

もし落っこちた時はどうすんだ、と。

そこで近所の知り合いのオヤジに

「もしあそこの家の子が受験に落ちた時には、
 俺のところへ知らせてくれ」
 
 
と頼んでおいた。そしたら結果的に志望校を落ちて、

早実へ入ることになったんだな。

しかし、それにしてもあの時、
左で打てと言われて

「はい」

って答えた素直さね。

これが王の一番のいいところであって、
それが今日の成功をもたらしたんだよ。

この「はい」が。

だから私はいつも

「習い方がうまい人とは、習う素直さがある人だ」

と言うんだよ。これがもう第一条件なんだよね。

王はその後も、私に口答えしたことは一回もない。

━─━─━─━─━─

 すごい話ですね。

 才能に気が付くすごさ。

 アドバイスに素直に頷くしなやかな心。

 王さんの素直さの凄みは、自分自身の現状を把握しているからこそなせる業ですね。

 凡人は現状を把握できないばかりに、つい感情的になり、いこじになってしまいます。

 才能ある人が、才能ある所以はつまり素直な心。その中にあるしなやかな心と現状を把握するだけの、自分を客観するだけの広さにありますよね。

 さて、自分を省みつつ、今日も張り切っています!

(o^-‘)b

[`yahoo` not found]
Facebook にシェア